REPORT レポート

2026.05.29

【インフォアース株式会社】開発者インタビュー(前編)

PATRAILは、いかにして実用化へ至ったのか。
エンジニアが語る、開発の背景と課題意識。

DXのチカラで、登山道管理のあり方を変えるPATRAIL(パトレイル)。前例のないソリューションは、どのような課題意識から始まり、どのようなプロセスを経て実用化に至ったのか。
小田急電鉄のパートナーとして開発を担ったインフォアース株式会社のお二人に、お話を伺いました。
(左から2番目)システム開発担当 井口 慧さん
(右から2番目)システム開発担当 西先 優さん

防災・インフラソリューションのプロとして、PATRAILのビジョンに共感した。

西先さん:
ICTを駆使した防災やインフラ維持管理ソリューションを得意とする弊社の専門領域は、登山道維持管理DX事業に取り組みはじめた小田急電鉄様の構想とも重なるものでした。そこで、ご担当の板谷様に事業の背景や将来構想についてじっくりとお話を伺ったことが、開発に携わる第一歩となりました。
何より強く印象に残ったのは、板谷様ご自身の熱意とビジョンです。DXによって登山道の管理を効率化し、持続可能な運用を実現する。そのビジョンに、弊社としても深く共感いたしました。
登山道と社会インフラは、一見するとまったく異なる分野のように見えるかもしれません。しかし、山奥にある管理対象についても、現地で点検や情報収集を行い、データに基づいて構造物、つまり社会インフラの維持管理を行っていくという流れは、弊社がこれまで培ってきた知見と確かに重なるものでした。

井口さん:
登山道の管理が実際にどのように行われているのか、実態を知ったのもこのときが最初でした。さまざまな課題があるなかで、管理対象をシステムでしっかり管理し、データとして蓄積していきたい。スマートフォンを使えば、現場で誰が作業しても同じデータを取得でき、同じ体験ができる。蓄積したデータをもとに、計画的な整備を進めていきたい。登山道管理の課題や活用イメージについて、具体的なお話を伺いました。
聞いていて、違和感はまったくありませんでした。弊社はこれまで、河川や道路といった社会インフラ、土木インフラの管理システムにも携わってきましたので、取り組む内容に大きな差はないと感じたのです。現場で点検を行い、本部側では管理者がデータを確認・分析し、次の整備計画につなげるプロセスは、これまで携わってきた領域と共通しています。だからこそ、その蓄積を最大限に活かしたいと考えました。

実際に山を歩き、管理者の眼で現場を見つめ直す。

井口さん:
登山道の管理については、正直なところ、ほとんど知らない状態でした。防災や社会インフラ系の案件には携わってきましたが、共通する部分もあれば、異なる部分もあると感じました。
実際にシステムを使うのは、管理者である自治体やパトロール作業を担当する皆様です。利用者となる方々が普段どのように管理されているのか、パトロールはどのように行われているのか。直接お会いして、お話を伺う機会も設けていただきました。
印象に残っているのは、パトロールに同行させていただいたことです。現地で実際に何を見ているのかを、一緒に確認しながら歩く。業務の流れをこちらも実体験できましたので、それをもとに考えを深めることができたと感じています。

西先さん:
山にはハイキング程度ですが、何度か行ったことがあります。ただ、「管理する」という視点で山に入ると、見えるものがまったく違います。
人工物のなかにも、管理対象なのかどうか判断しにくいものがいくつもあります。半分だけ土嚢が積んである場所、橋とも言い切れない板がかかっているだけの場所。そうしたものが点在していて、「これも管理対象なのか」「誰が管理しているのか」ということは、ただ山にいるだけではまったくわかりません。業務の視点で山に入ると、これほど見え方が変わるのかと実感しました。よく見れば、木が朽ちて劣化しているところもあります。管理者の視点を持つことで危険の兆しにも自然と目が向くようになっていきました。

井口さん:
「こんなにボロボロだったのか」というのが、率直な第一印象でした。想像していた以上に、管理しなければいけないものが多かったのです。
登山道というと、なんとなく看板やベンチがある程度のイメージでした。ところが実際に行ってみると、看板も多く、ちょっとしたところに土嚢も積んである。登山道に点在する管理対象をすべて紙で整理してきたのだとしたら、本当に大変だっただろうと思いました。あの土嚢の場所をどうやって覚えていたのだろう、というのは率直に感じたところです。

業務の型が存在しない、未踏の領域に踏み込む。

西先さん:
プロジェクトの初期段階では、検討の前提や方向性がたびたび見直されました。
登山道管理者が現場の報告を受け、修繕の計画を立てて実行する。業務全体のプロセスについて、まず業務フローをご提供いただき、こちらから質問を重ねながら、システム化した場合のフローを作っていきました。
しかし、検討は容易には収束しませんでした。業務フローは複雑ですし、さまざまな自治体様にヒアリングを重ねるうちに、自治体ごとにやり方も違う、重きを置く部分も違う、そもそも決まった業務というものがないことが見えてきました。業務の型が定まっていない点が今回のシステムの最大の難所であり、設計を進めるほどに明らかになっていった部分です。
設計方針を立てるプロセスでは、かなり細かい業務フローや設計案も作りました。しかし、細部まで作り込んだ設計では、かえってシステム化が難しくなるため、共通して使える枠組みだけを残し、ユーザーに使い方の余地を残す形へと収斂していきました。
最終的に出した答えは、業務の形を厳密に決めすぎないということでした。どの自治体でも柔軟に使える枠組みだけをシステムで用意し、あとは「こういう使い方もできます」とご提案する。ファイルも登録できますので、管理は自由に行っていただく形に落ち着きました。

井口さん:
大変だったのは、自治体様の業務に関わる方々が多くいらっしゃり、さまざまな具体例が出てくるなかで、個別の事例をそのままシステムに乗せればよいわけではないという点です。効率化のためには、ある程度フローの枠組みを作らなければいけません。そこが難しい部分でした。
お話を聞いていても、言葉だけで議論していては、なかなか共通のフローを思い描くことができません。そこで、具体的な図案を数多く提示し、議論の土台を築いていきました。誰が見ても認識のずれが生じないように、図やフローをわかりやすく作る。視覚化した資料をもとに、「確かにこの流れがよい」と共有できる形で進めるよう意識していました。

西先さん:
他分野に目を向けても見本のないシステムという点も、本件の大きな特徴でした。ユーザーである自治体の管理者の方々にも、これは個人の感覚ですが、マニュアルらしいマニュアルはほとんどないように思います。個々の経験のなかで、なんとなく進められている部分があるのではないかと感じました。
例えば、管理者側のインターフェース画面をお見せするたびに、「こちらのほうがいい」「これは違う」「もう少しこうしてほしい」と、新しい発想やアイデアが次々に出てきます。多様な要望をどう整理するか。ここは本当に苦労した部分です。

井口さん:
自治体の方々は、ご自身の業務に対して非常に真面目で、真剣に取り組んでいらっしゃる。それが第一印象でした。
ただ、人数が少ないなかで多くの業務を抱えていらっしゃるのが現実です。登山道の管理は、そのなかのほんの一部かもしれません。多くの業務のなかで登山道管理もこなしている、という状況です。ですから、課題はたくさん感じておられても、登山道管理だけに集中して時間をかけて考える余裕がないのではないかと感じました。
こちらが疑問を投げかけても、もちろん開発者視点の直接的な答えが返ってくるわけではありません。その代わりに、所感やアイデアとしてお話を伺う。自治体ごとの課題を一つひとつ受け止めながら、システムに落とし込める要素を探っていく感触でした。

緊密な議論を重ね、答えのない問題の答えを探った。

西先さん:
プロジェクトを進めていくなかで、強く感じたことがあります。板谷様は、PATRAILを単なる業務効率化のシステムとして捉えていらっしゃらない。観光資源を守り、活かすための仕組みとして考えていらっしゃるのです。
資源を守り、活用し、次につなげていく。これまで人手と時間がかかっていた部分を効率化することで、本来取り組みたかった観光の施策に注力したい。そうしたお話を繰り返し伺うなかで、このシステムに取り組む意義を一層感じるようになりました。
私たちはシステム開発を生業としていますので、DXやソリューションといった言葉は日常的に使います。ただ、本来やるべきことは、単にアナログをデジタル化して効率化するだけではありません。既存の業務のやり方を変え、新たな価値を見出すところまで踏み込めるはずですし、本来そこまでやるべき分野だと考えています。
その先のビジョンを、板谷様は最初から継続的に、明確に示してこられました。だからこそ共感し、システムとしてもっと改良していきたいと思える。小田急様と弊社の間に、同じ目的に向かう関係性が築けたのだと感じます。

井口さん:
本件では、毎週定例の打ち合わせを重ねながら、仕様の検討段階から小田急様と一緒に考えていく進め方をしてきました。あらかじめ明確な答えがないなかでも、防災のためにも、観光のためにも、登山道管理のあり方を変えたいという共通の目標がありました。
板谷様を含めた小田急の方々と緊密に議論を重ね、現場で本当に使えるシステムにするために、必要な仕様や機能を一つひとつ検討していく。その積み重ねが、PATRAILを実用的なシステムへと磨いていったのだと思います。
信頼関係があるからこそ、踏み込んだ議論ができる。議論を重ねるほどに、システムは磨かれていく。PATRAILを今後さらに改善していくうえでも、同じ目標に向かって率直に議論を重ねる姿勢を大切にしていきたいと考えています。

 


次回、後編は6月中旬に公開予定です。