2026.07.30
登山道を見つめ、未来へつなぐ。「PATRAIL」に込めたブランド思想
登山道管理を、DXのチカラで変えていくPATRAIL(パトレイル)。その取り組みを多くの人に知ってもらい、長く愛される事業へと育てていくために欠かせなかったのが、名前とロゴ、そしてその根底にあるブランドの思想でした。
「PATRAIL」という名前やロゴには、どんな思いが込められているのか。今回は、事業を率いる小田急電鉄の川崎さん・中村さん・板谷さんと、ブランド開発を担った小田急エージェンシーの若菜さん・加藤さんに、その舞台裏を伺いました。
お話を伺った方
小田急電鉄 川崎さん(デジタル事業創造部長)
小田急電鉄 中村さん(デジタル事業創造部 課長代理)
小田急電鉄 板谷さん(デジタル事業創造部 PATRAIL プロジェクトリーダー)
小田急エージェンシー 若菜さん(アートディレクター)
小田急エージェンシー 加藤さん(アカウントエグゼクティブ)
仮のプロジェクト名から、親しまれるサービス名へ
板谷さん:
PATRAILの事業は2023年から実証実験などを重ねながら進めてきたのですが、正式なサービス名が決まっていませんでした。お客さまにサービスを説明するときに名前が決まっていないと、意図が伝わりにくく訴求するのが難しい。それはロゴも同じでした。
場当たり的な仮称ではなく、長く愛着を持って使ってもらえる名前を付けたい。
そう考え、小田急エージェンシーさんと検討を始めました。
川崎さん:
もともとの名前は「登山道維持管理DX」という、中身をそのまま漢字と英語で表したプロジェクト名でした。
事業内容は分かりやすいものの、正直、呼びづらいなと。そこで「世に出していくなら、愛されるための名前が必要では」と、上司として後押ししました。
親しみと愛着が、新しいサービスへの一歩を後押しする
板谷さん:
名前やロゴに込めた思いは、まず「気軽に呼んでもらえるサービスでありたい」ということです。新規性の高いサービスだからこそ、「PATRAIL」という名前に親しみや愛着を持ってもらうことが、導入への後押しになると考えていました。

もうひとつ意識したのが、「温かみ」です。主なお客さまである行政機関の方々に、温かみのあるサービスだと伝わるといいなと。ビジネスとして尖りすぎず、エコシステムのように、いろいろな人と関わり合いながら進める取り組みであること。そう受け止めていただけると、理解も得られやすいと思っていました。
若菜さん:
(小田急電鉄から小田急エージェンシーへ)ご相談をいただいたのは2025年の春頃です。ワークショップを重ね、事業の思想を明らかにするところからブランディングやネーミングが始まりました。板谷さんの言うとおり、使ってくださる方への親しみやすさや分かりやすさは大事です。特に行政機関は数年単位で担当者が異動しますから、引き継ぎのしやすさも意識して、ターゲット像を固めました。
PATRAILは登山者向けではなく、登山道を管理する方々の業務を支えるブランドです。だからこそ、親しみやすさだけでなく、行政や管理者の方が安心して使える信頼感、そしてさまざまな関係者をつなぐ中立的な立ち位置をどう表現するかを大切にしました。
板谷さん:
「小田急沿線の山に向けたサービスですよね」と言われることもありますが、そうではありません。そもそもこの事業は、登山道の荒廃という社会課題に取り組むために始めたもの。課題は沿線に限らず全国に広がっていますから、全国に提供していく取り組みです。
ひとりの情熱が、周囲を巻き込んでいった
川崎さん:
ブランドを語るにあたって、板谷やメンバーの情熱も欠かせない要素です。
正直、一般的な新規事業と比べると、あまり「事業らしくない」んですよね。沿線に山があるとはいえ、鉄道会社が登山道を維持管理する義務があるわけでもありません。
ただ、関わったメンバーは山を愛する人が多いんです。はじまりは板谷ひとりでしたが、そこに仲間が集まってきた。根底にあるのは、板谷の情熱です。その情熱に共感したメンバーが、「登山道を守りたい」という思いのもと、それぞれ自分にできることを探して形にしていきました。だからこそ、事業として広がっていく手応えがあります。また、ビジネスとしての成果だけでなく、思わず応援したくなる。そういう存在だと思います。
中村さん:
私は2025年の夏頃から事業に参加しました。社内のイントラネットで募集を知り、手を挙げたのがはじめです。正直、当初は社会的意義の大きさを感じる一方で、事業として成立させていく難しさもあるのではないかと思っていました。それでも、板谷の熱量がとにかくすごい。登山道への思いを、本当に熱く語るんです。そこに感化され、気づけばここまで来ました。
若菜さん:
小田急エージェンシー側でも、「板谷さんがあれだけやっているなら、動かないわけにはいかない」とよく言っています。
板谷さん:
市場が大きいわけでもなく、新規性の高い取り組みを一社で抱え込んで進めるのは、簡単なことではありません。だからこそ、いろいろな人の助けを借り、生まれた成果や価値を分かち合っていく。相手を尊重し、一緒にやっていく姿勢を大切にしてきました。
多数の候補から生まれた、「PATRAIL」
若菜さん:
ブランディングやネーミングのために、小田急電鉄さんとコピーライターを交えてワークショップを重ねました。小田急電鉄さんといえば交通や観光のイメージが強く、「なぜ登山道の事業を?」と思われやすい。そこでまず、この事業に取り組む意義や、板谷さんが事業を始めた思いを深掘りしました。2〜3回のワークショップでステークホルダーを整理し、ビジョンを策定。そこからネーミングとロゴの開発に着手しました。
名前については、PATRAILが持つ価値のどの面を伝えるかを考えました。行政機関を支えるパートナーとしての存在なのか、それとも、山と地域をつなぐ姿勢や価値観を表すのか。検討するなかで、板谷さんの「山を通じて栄えてきた地域がさびれていくのが寂しい」という言葉が、事業の原点として印象に残っていました。その気持ちは、山に関わる多くの人が抱いているのではないか。だからこそ、情緒的な部分は入れるべきだと考えました。
最終的に決まった「PATRAIL」は、パトロール(Patrol)とトレイル(Trail)を掛け合わせた造語です。分かりやすさもありながら、思いも込められた名前になりました。提案の段階では20案近く、ボツ案まで含めればその倍以上の候補から選びました。

三色の線が一本の道へ。多様な担い手が重なるロゴ
板谷さん:
ロゴは、端的で分かりやすく、説得力があるものを選びました。山のモチーフとカラーによって、多様な層が関わって山を維持している特徴を表したり、虫眼鏡のマークでは点検の効率化を実現するサービスの特徴を表したりと、複数の特徴や想いが込められています。
若菜さん:
ロゴマークには、山々に連なる多くの関係者を投影しています。このサービスには、行政、現場を点検する作業員、地域の人々、観光の恩恵を受ける人々、それを支える小田急グループなど、多様なプレイヤーが関わります。その重なりも示したくて、三色の線が一本の道につながるように描きました。
板谷さん:
実は当時、ロゴの案には「オコジョ」をモチーフにしたものがありました。私のわがままで採用したいと、強く推していたんです(笑)。それは叶わなかったのですが、可愛らしい存在なので、マスコットとして活かそうと。結果として別の形で残ることになり、ホームページなどに登場しています。

国内標準へ。そして、みんなのブランドへ
板谷さん:
今後のサービスの展望としては、国内標準化を目指しています。市場が大きくないぶん、シェアを取らないと続けにくい事業です。ニッチな領域ですが、質の高いサービスを日々作り、国内の標準として広く使っていただきたいですね。
ブランドとしては、いろいろな層の人が関わっていくことが何より大切です。多くの方に共感いただき、ゆるやかに連携しながら、持続的な取り組みとして続いていく。登山道管理の領域で、みんなのブランドとして広く受け入れられる存在にしたいと考えています。
川崎さん:
まずは国にきちんと認めていただき、国立公園での本格導入につなげることが大事だと思っています。2〜3年で有用性を示し、そこから10年ほどをかけて日本全国へ広げたい。私たちの沿線でいえば、伊豆や箱根、そして丹沢・大山が対象です。単なる登山道の維持管理にとどまらず、観光資源を保全し、そこに生まれた経済が保全に還っていく。そんな循環のきっかけになれればと考えています。
また、PATRAILのようなシステムは日本になく、先駆的な取り組みだと思っています。半分冗談ですが、アプリのオープニング画面は宇宙から地球、日本へとズームインしていくんです。板谷は「単なる仕様です」と言いますが(笑)、いつか世界でも使えるのでは、という野望すら感じます。まずは国内から、ですけどね。
それから、システム開発を共同で進めたインフォアース株式会社さんが私たちのプロダクトに深く共感してくださいました。また、小田急エージェンシーの皆さんにも大勢関わっていただいています。そうした方々と共感しながら協業できたのは、とても大きなことです。多くの人に意見をいただいて作ってきたからこそ、関係者の皆さまの期待に応え、愛されるブランドとして育てていきたいですね。
若菜さん:
「登山道はひとりでは守れない」と、ワークショップを経て強く感じていました。だからこそPATRAILが、行政や管理者の方にとって単なる業務ツールではなく、登山道を守る「頼れる相棒」のような存在になるといいなと思います。実務者だけでなく、登山道に関わるいろいろな人にその考え方が浸透し、「守っていかなきゃ」という思いが一般にまで広がっていけば、未来もきっと明るいはずです。
加藤さん:
ひとりの登山者としても、「登山道の管理は誰がやっているんだろう」「壊れている場所も多いけれど、このままでいいのか」と以前から感じていました。ですから、この事業が生まれると聞いたとき、ついに光が見えたようで、とてもうれしかったんです。ゆくゆくは日本中の自治体が取り入れ、管理に困る事業者の方々が効率的に使えるように。そして山を愛する一般の方々ともつながる、そんなサービスに育てばと思います。
中村さん:
このロゴの雰囲気どおり、広く親しんでいただき、一緒に作り込んでいけたらと思います。「多様な人が一本の道につながる」というモチーフは、道だけでなく、人や街などいろいろなものがつながる、という文脈でも捉えられます。私たち小田急グループとしても、鉄道事業以外で、たとえば環境と観光など、いろいろなものをつなげて、よりよくしていけたら。そんな可能性も感じています。